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大正区の年表

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更新日:2025年02月09日
和暦(西暦)出来事備考
嘉祥3年(850年)八十島祭初見。
元仁元年(1224年)八十島祭最終見。
天正4年(1576年)毛利水軍、織田軍の兵船を木津川口で破り、石山本願寺内に兵糧を運ぶ。
天正6年(1578年)織田方・九鬼水軍の安宅船が大坂を海上封鎖し、毛利水軍を木津川沖で撃破。
慶長15年(1610年)中村勘助、木津川尻の姫島に豊臣家の軍船係船所を建設。堤防を築いて田畑を開発。
 豊臣家より「勘助島」の名が与えられる(現在の三軒家)。
慶長19年(1614年)三軒家、大坂防御軍守衛地となる。
元和元年(1615年)松平忠明によって神明社(日中の神明社)が京都西院より中央区内平野町へ遷座される
寛永2年(1625年)下の八阪神社勧請
寛永5年(1628年)三軒屋に真宗大谷派の専称寺建立
寛永7年(1630年)中村勘助、木津川を浚渫。幕府より入津料・白米5合の収得を許される。
正保4年(1647年)勘助、上の八坂神社勧請。
明暦3年(1657年)川口三軒屋の遊郭禁止。新町遊郭に纏め。
万治2年(1659年)本願寺派万福寺を専称寺の北側に建立。
寛文5年(1665年)大坂船手2員制。
 大番組頭・高林直重、勘助島に居住。船番所は勘助島にあり(~1683年まで)。
寛文12年(1672年)呑海寺建立。
延宝3年(1675年)この年発行の『芦分船』によれば三軒屋は「次第に人家が満ち軒を並べて繁栄して、旅泊の船出入り築く」とある。
貞享元年(1684年)大川改修で天満の替地を三軒屋に設定。丹津町・川本町・臼井町として大坂三郷に編入
元禄12年(1699年)河村瑞賢、難波島を開削工事。木津川の水流を改良し、西側を難波島・東側を月正島と称す。
 泉尾神社創建。
 泉国踞尾村・北村六右衛門、泉尾新田開発。
元禄15年(1702年)泉尾新田検地 開発に伴う慰霊のため、了照寺建立
宝永4年(1707年)泉尾新田堤防決壊。
宝永5年(1708年)安治川・木津川の川口浚え(沖浚え)実装。
 木津川に遠見番所設置。お船蔵は元禄年間、既に番所の西にあり。
享保2年(1717年)木津川・大和川の浚渫決定。
享保15年(1730年)安治川・木津川の川口浚え。
宝暦13年(1763年)炭屋三郎兵衛、炭屋新田を開発。
宝暦14年(1764年)第11回朝鮮通信使尻無川遡上。
明和5年(1768年)岡島嘉平次、数回に渡り千島新田を開発。
明和8年(1771年)平尾与左衛門、平尾新田を開発。
安永3年(1774年)川口で多数の船転覆。1,200人余水死。
天明元年(1781年)両川口の川浚え実施。
文政12年(1829年)岡島嘉平次、南恩加島新田を開発。
天保2年(1831年)岡島嘉平次、北恩加島新田を開発。
天保3年(1832年)岡島嘉平次、小林・岡田新田を開発。
 舟運のため、木津川口に870間の石提を築き、松を植える(千本松)。
 木津川口お救い大浚え。
 産土神社(在:小林)創建。
天保7年(1836年)天満宮(在:南恩加島)創建。
弦化2年(1845年)岡島嘉平次ら、千歳新田を開発。
安政元年(1854年)道頓堀・木津川の被害甚大 大正橋東詰に『大地震両川口津波記』の石碑建立。
 木津川口は40艘余の番船、木津川沿岸には紀州兵など2,600人で警戒。
安政3年(1856年)幕府、大坂城代・土屋寅直に安治川口・木津川口への台場建設を指示。
安政4年(1857年)幕府、高松藩に木津川口台場の警備命令。
文久3年(1863年)土佐山内藩が木津川口を、美濃苗木藩が木津川船手番所を警備。
明治5年(1872年)当区は西成郡第2区、北部は2番組・南部は4番組となる。
明治8年(1875年)泉尾小学校・三軒家小学校開校。
明治11年(1878年)尻無川下流に遊泳場を設置。小学生水泳訓練。
明治14年(1881年)大阪府、三軒家に倉庫10棟を持つ「船囲い場」(178000㎡)を開設
明治16年(1883年)渋沢栄一らが三軒家に大阪紡績(後の東洋紡績)開業、『東洋のマンチェスター』の基礎を作る。
明治18年(1885年)藤永田造船所が千島に開業。以後、木津川を中心に工場が続々と開業(栗本鉄工所etc...)。
明治22年(1889年)当地は三軒家村と川南村の一部となる。
 曽根崎警察署三軒家分署設置。
明治30年(1897年)大阪市編入。西区に属する。
 鶴町・福町(明治38~大正3)、船町(明治38~大正15)を中心に埋立(247万㎡)。
明治33年(1900年)三軒家は2町、他はほぼ新田名どおり設定。
明治36年(1903年)泉尾土地設立(北村銀行破産による)。
明治42年(1909年)大火の罹災市民延べ22,000人、南恩加島の施設に収容。
明治44年(1911年)西大阪最初の問屋市場「三泉市場」開設。
明治45年(1912年)千島土地設立。
大正2年(1913年)小林斎場開設。
大正3年(1914年)大戦ドイツ捕虜760名、大阪俘虜収容所(北の大火と同一施設)に収容(大正6年広島へ移動)。
 木津川焼却場開設。
 泉尾第2(北)小学校開校。
 千歳運河開削。
大正4年(1915年)大正橋架橋。
 市電、岩崎橋⇔日吉間を開通。
 大阪製鉄開業。
大正5年(1916年)三軒家第3(西)小学校開校。
 木津川運河開削。
大正6年(1917年)八坂神社境内に中村勘助顕彰碑建立。
 久保田鉄工、恩加島に工場開設。
大正7年(1918年)市電、大正橋⇔木津川運河間を開通。
 大阪木材土地(株)創立。西区の西道頓堀・西長堀などから木材業者集団移転し小林町・千島町一帯は西日本有数の木材市場となる。
大正8年(1919年)大正運河開削開始(大正12年完成)。
 福町堀開削。
 鶴町に大阪市初の市営住宅建設。
 鶴町に託児所の設置。
 泉尾警察署発足。
 岩田土地設立。
 造船所、木津川筋32社・尻無川筋に16社群立。
大正9年(1920年)岩崎運河開削と岩崎橋の架橋。
 市電、大運橋⇔鶴町4丁目間を開通。
大正10年(1921年)泉尾高等女学校・鶴町小学校開校。
 泉尾振工会(工業会の前身)発足。
 鶴町公設市場開設。
大正11年(1922年)北恩加島小学校・泉尾工業学校開校。
 泉尾公設市場開設。
 岩松橋架橋。
 市電、小林町⇔鶴町4丁目間を開通。
 南条病院(のちの大正病院)開設。
大正12年(1923年)船町に木津川・7大阪飛行場が開設。日本航空(川西系)の拠点空港として陸上・水上の両機能備える。
 鶴町市電車庫開設。
 中山製鋼所、船町で開業。
大正13年(1924年)南恩加島小学校・中泉尾小学校開校。
 神明神社、中央区より鶴町1丁目へ遍座。
大正14年(1925年)西区から港区が分区(当区は港区に属す)。
 三軒家・泉尾地区の下水道管敷設完了。
昭和2年(1927年)市電、三軒家⇔新千歳間を開通。
 日本ゼネラルモータース社、鶴町1丁目に開業。昭和16年までに約8万台を生産。
昭和4年(1929年)大阪(木津川)飛行場開設(約39万㎡)、日本初の公共用空港。日本航空輸送等が名古屋・東京・福岡・大連・上海等へ航空路線。年間発着回数8,800回・年間旅客1万人(昭和13年)。14年伊丹飛行場へ陸上飛行場機能移設され、水上機専用飛行場化。
 泉尾幼稚園開設。
 日本ゼネラルモータースで労働争議。
昭和5年(1930年)区内初の市バス、野田阪神⇔鶴町間の運行開始。
昭和7年(1932年)港区から分区し、大正区が成立(15区制)。
 大正区歯科医師会・薬剤師会の創設。
昭和9年(1934年)室戸台風襲来。最大風速48m。区内全域冠水、死者119人・被災者12万3千人。北恩加島小学校で校舎倒壊、9人死亡。
 大正消防署、小林に新設。
 木津川飛行場で煙霧による飛行機墜落事故発。
昭和10年(1935年)工業生産高が機械・金属工業を中心に市内2位へ(従事者数22,000人)。
昭和11年(1936年)可動橋の大船橋を架設。
昭和12年(1937年)大浪橋架設。
昭和13年(1938年)大正区12連合、134町会。
昭和14年(1939年)中山製鋼所新溶鉱炉完成。【大正区人口 15万2,000人】
昭和15年(1940年)木津川・尻無川の防潮提完工。
昭和16年(1941年)東洋紡績軍需工場転換。
 (財)大井積善会設立。
昭和18年(1943年)泉尾警察署を大正警察署と改称。
 大正保健所業務開始。
昭和19年(1944年)市電、小林町⇔新千歳間運転を休止。
昭和20年(1945年)南恩加島小学校児童、疎開先の徳島県で16名焼死(十六地蔵)。8月【大正区人口 約1万人】
 大阪大空襲(3/13、6/1、6/15)で区の大半焼失。被災者約55,000人。10月【大正区人口 28,500人】
昭和21年(1946年)大正区復興委員会結成。
 大正区選挙管理委員会設立。
 区商店会連盟結成。
 大正区水防団結成。
 (財)皓養社設立。
昭和22年(1947年)新制中学校(大正東・大正中央)発足。
 三軒家西幼稚園設立。
 遺族会大正区支部結成。
 大正区医師会発足。
 大正防犯協会結成。
 大阪港復興計画で大正内港化決定。
 区画整理事業『難波島工区設計』認可(昭和36年、換地処分公告)。
昭和23年(1948年)大正区防火協力会結成。
 男女共学により、女子高・泉尾高校が男子校・今宮高校と交流。
 大正区民生委員会協議会設立。
 体育厚生協会・大正区支部設置。
昭和24年(1949年)大正区日赤奉仕団発足。
 大正交通安全協会発足。
 大正区PTA協議会発足。
昭和25年(1950年)台風被害・区域の83%が浸水。被災者57,000人(人口の96%)。
 西大阪総合高湖対策事業着手(昭和30年完成)。
 港湾地帯整備事業の大正地区南部工区設計認可(平成6年度、換地処分公告)。
 大正橋公園・泉尾公園開園。
 泉尾球場開設。
昭和26年(1951年)区画整理事業三軒家工区設計認可(昭和62年度、換地処分公告)。
 済生会泉尾病院開設。
 大正区社会福祉協議会結成。
 大正区女性団体協議会結成。
 区内最初の老人クラブ「千島鶴亀会」発足。
 大正区「母と子の共励会」発足。
 社団法人大正工業会設立。
昭和27年(1952年)尻無川、境川運河以北埋め立て。
 区保護司会発足。
 傷痍軍人会大正区支部発足。
昭和28年(1953年)区福祉事務所発足。
 鶴町中央公園開設。
昭和29年(1954年)市バス、船町⇔大阪駅前間を運行。
 市電・鶴町車庫、盛り土のため閉鎖。
昭和30年(1955年)カーフェリー、船町⇔平林間運行を開始(~48年まで)。
昭和31年(1956年)平尾小学校開校。
 大正区再生保護女性会結成。
昭和32年(1957年)大正区市場連合会結成。
 大正区老人会連合会結成。
 市バス、西船町⇔あべの橋間を運行。
 大正西中学校開校。
 大正工業会若葉会創設。
昭和33年(1958年)三軒家川、紡績大橋まで埋立。
 淀川左岸事務組合発足。
 三軒家球場開設。
 青少年指導員連絡協議会創設。
昭和34年(1959年)三軒家防湖水門完成。
 南恩加島抽水所完成。
 鶴町・福町・盛土完成。
昭和35年(1960年)大正区子供会連合協議会結成。
 三軒家公園に「近代紡績工業発祥の地」石碑設置。
 大正産業会館完成。
昭和36年(1961年)大正駅開設。
 国鉄・天王寺⇔西九条間、環状線開通。
 台風のために鶴町・福町全域冠水。その後、防潮提嵩上げ実施。
昭和37年(1962年)水道局、大正サービスステーション開設。
 大阪大正ライオンズクラブ創設。
昭和38年(1963年)区制30周年記念祝賀会。
 大正公害防止会発足。
 大正区ふたば会設立。
 千島下水処理場完成。
昭和39年(1964年)大阪環状線一周運転開始。
 大正区緑化推進本部発足。
 大正消防署改築。
昭和40年(1965年)大阪臨港地区指定。
 鋼材埠頭、供用開始。
 鶴町南公園開園。【大正区人口 95,000人】
昭和41年(1966年)工業用水道給水開始。
 水道大正幹線敷設。
 大正第1突堤、供用開始。大阪海軍事業協同組合が運営。
昭和42年(1967年)大正区内市電廃止。
 交通局鶴町営業所発足。
 南恩加島公園開園。
昭和43年(1968年)鶴町北公園開園。
 大正運河埋立開始(45年終了)。
昭和44年(1969年)千島計画発表。
昭和45年(1970年)国道43号線、阪神高速・西大阪線開通。
 木津川・尻無川両防潮水門完成。
 千島公園植樹式。
 小林公園開園。
 小林改良地区指定(53年に住宅完成)。
 小林地区BBS会結成。【大正区人口 89,000人】
昭和46年(1971年)区内初の老人憩いの家、鶴町福祉会館完成
昭和47年(1972年)区内木材業者の住之江移転完了。
 大正区合同庁舎完成。
 大正区食生活改善推進協議会設立。
 身体障害者団体協議会設立。
昭和48年(1973年)千本松大橋完成
昭和49年(1974年)小林小学校開校。
 千島体育館開設。
 市バス、急行運行開始。
昭和50年(1975年)第1回区民まつり。
 大正区地域復興会発足。
 大正内港化による拡福・浚渫工事完了。
 鶴町社協「老人食事サービス」「友愛訪問活動」の事業開始。【大正区人口 88,000人】
昭和51年(1976年)千島公園開園。
 千島計画完了。
 老人福祉センター・勤労青少年ホーム開設。
 大正区住民表示実施。
昭和52年(1977年)大正区政協力会結成。
昭和53年(1978年)大正高校・大正北中学校開校。
 人権啓発推進協議会発足。
 体育指導委員協議会創設。
昭和54年(1979年)大正通の拡幅完了。
 千島公園と泉尾公園を結ぶ緑陰道完成。
昭和55年(1980年)鶴浜小学校開校。
 小林斎場改築完成。
 環境事業局新大正工場完成。【大正区人口 84,000人】
昭和56年(1981年)花と緑のまちづくり推進委員会創設。
昭和57年(1982年)大正区制施行50周年記念式典。
 難波島渡し廃止。
 平尾公園開園。
昭和58年(1983年)「昭和山コーポ」地鎮祭。
 泉尾連合商店街アーケード完成。
昭和60年(1985年)大正区まちづくり計画推進会議発足。
 (財)大正区コミュニティ協会設立。【大正区人口 82,000人】
昭和61年(1986年)北恩加島工業団地竣工。
昭和62年(1987年)大正区の花を「つつじ」と制定。
 特別養護老人ホーム「大正園」竣工。
昭和63年(1988年)新バスシステム運行開始。
 寝たきり予防推進協議会発足。
平成元年(1989年)市制100周年区民フェスティバル開催。
平成2年(1990年)鶴町福祉会館「子供の家」開所。【大正区人口 81,000人】
平成3年(1991年)地域ネットワーク委員会設立。
 マリンテニスパーク北村オープン。
 大正区手をつなぐ親の会設立。
 大正警察署新庁舎落成。
平成4年(1992年)大正区社会福祉協議会法人化。
 大正区ボランティアビューロー開所。
平成5年(1993年)区役所全土曜日開庁実施。
 大正消防署泉尾出張所開設。
平成6年(1994年)新木津川大橋開通。
 平尾商店街アーケード完成。
平成7年(1995年)なみはや大橋開通。
 大正区在宅サービスセンター(ふれあい福祉センター)開設。【大正区人口 78,000人】
平成8年(1996年)大正西地域サービスステーション開所。
 シルバークレイン開所。
 『区民だより』創刊。
平成9年(1997年)地下鉄鶴見緑地線開通、大正駅開業。
 JR大正駅リニューアルオープン。
 大正やすらぎ会館開館。
平成10年(1998年)青少年育成推進会発足。
 新大正区民音頭発表。
平成11年(1999年)アゼリア大正(文化交流プラザ)開館。
 平尾公園会館開館。
平成12年(2000年)大正東地域サービスステーション開所。
 大正区生涯学習推進区民会議設立。【大正区人口 75,000人】
平成13年(2001年)(社福)大正区社会福祉協議会50周年。
 大正区地域女性団体協議会50周年。
平成14年(2002年)済生会泉尾第2病院開院。
 ふくろうの杜開設。
平成15年(2003年)千歳橋開通。
「大正区の歴史」(大正区役所)2002年発行より
280件のデータが見つかりました。

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