学校配置の最適化(統廃合)に伴う地域のコミュニティや防災の話し 注目
少子高齢化が進み、地域の子どもたちが少なくなってきています。
子どもが少なくなると小学校の統廃合に関する問題が生まれてきます。
令和6年(2024年)7月には、小林小学校と平尾小学校で「大正区の学校配置の最適化に関する説明会」が行われました。
私も説明会には参加していました。その時の配布資料はこちら。
同年12月には、第2回の説明会も行われました。

Q1.現在のような地域分けはいつ行われましたか?10地域に別れたのいつ?
昭和24年に赤十字奉仕団が創設され、その後、昭和50年に地域振興会が発足されています。
ですので昭和50年には各地域が存在していたと思います。
第1回 大正区民まつりも昭和50年に開催されています。
第1回 大正区民まつりも昭和50年に開催されています。
Q2.小林小学校が無くなると、小林地域もなくなりますか?
まず前提として小学校がどうなるかということ自体が決まっていないため、小学校が廃校になったと仮定しての話しとして見てください。
なくならないと思います(過去の例なども調べたうえで)。
なくならないと思います(過去の例なども調べたうえで)。
Q3.もし小林地域が無くなるとしたら、避難場所はどうなりますか?
小学校自体は、学校機能としては無くなるかもしれませんが、そうなったとしても防災・コミュニティーの視点で
建物などはそのまま(避難場所として)利用することになるのではないかと思います。
昔は、学校が無くなると「売却する」というのが多かったのですが近年はそうでもありません。 建物は残しつつ防災・コミュニティを考慮して活用方法を検討していくことになるのではないかと思います。
昔は、学校が無くなると「売却する」というのが多かったのですが近年はそうでもありません。 建物は残しつつ防災・コミュニティを考慮して活用方法を検討していくことになるのではないかと思います。
Q4.仮に小林地域が無くなる場合、その地域の人たちはどこの地域に入りますか?平尾?
上記Q2の回答にもあるように、小林地域は残ると思います。
Q5.鶴浜小学校があった当時。鶴浜地域というのはあった?
ありません。
鶴町地域に2つの小学校が存在していた状態です。
鶴町地域に2つの小学校が存在していた状態です。
Q6.小林小学校ができたとき地域は平尾だったのでしょうか?小林地域はいつできた?
大正区史ではこの答えに該当する記載は確認できませんでした。
後日、小林小学校の沿革を確認すると
・昭和46年4月 大阪市立平尾小学校分校として発足。
・昭和49年4月 大阪市立小林小学校として発足。
となっているので、Q1の回答と合わせると昭和50年に地域振興会ができているので小林地域も後からできたわけではなく、最初から存在していたのではないかと考えます。
・昭和46年4月 大阪市立平尾小学校分校として発足。
・昭和49年4月 大阪市立小林小学校として発足。
となっているので、Q1の回答と合わせると昭和50年に地域振興会ができているので小林地域も後からできたわけではなく、最初から存在していたのではないかと考えます。